解説:
三好達治の詩による三つの歌曲(詩集「花筐」より)
三好達治の詩集「花筐(はながたみ)」は、妻・智恵子(佐藤春夫の姪)との協議離婚の後、かねてより思慕の対象であった萩原アイ(萩原朔太郎の妹)と始めた同棲生活の下に編まれた詩集。どの詩にも花が詠みこまれており、いわば恋人へ捧げる花束のような詩集である。
今回二曲目に演奏される「わが名をよびて」は、実は私が高校生の時に一度作曲したものの、その出来が不満でいったん楽譜を破棄したのであるが、なぜかいつまでも脳裏から音が去らず、記憶だけを基に最近改作したものである。そこへこの度、中屋早紀子先生から依嘱をいただき、「いまこの庭に」と「日まはり」を合わせて書き下ろしたという次第である。
「騒がしき舞踏会のさなかに」(詩:A.K.トルストイ/日本語訳:伊東一郎)
この作品は、「ロシアの詩人による歌曲の夕べ」と銘打った、「“ロシア語の詩にロシア人作曲家が作曲した歌曲”と“同じ詩の日本語訳詩に日本人作曲家が新たに作曲した作品”を並べて演奏する」という試みを掲げた作品展が2015年11月にあり、そこで初演されたものである。
作詩者のA.K.トルストイは、かの文豪レフ・トルストイ(『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』の作者)の又従兄弟にあたる作家で、この歌詞については、チャイコフスキーによる歌曲作品がすでに存在している。
チャイコフスキーの作品は、一貫して美しい哀感を帯びたワルツで、味わい豊かなハーモニーと彼一流の情感溢れるメロディーがよどみなく流れ続ける曲。一方拙作の方は、語り手の心理の変化や感情の揺れに沿って様々に場面が転換し、臨場感のある描写性を基調としている。
もちろん、そこではロシア語の原詩と日本語訳という条件の違いは大きいが、それよりもやはり時代性の違い、そして詩と音楽を一つの表現にまとめる姿勢の違いが図らずもはっきりと出たことに、驚きと同時に思わぬ楽しさを見出す経験であった。